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コンラッド・シュニッツラー / インタビュー 30.3.08

(続き: パート5)

質問6:例えば、DADAやシュールレアリズムに影響されましたか?文学の影響は?あなたやあなたのアートにとってそれは重要ですか?

Con:ああ、もちろんだ。しかし、DADAはそうではなかった。どういう意味かというと、DADAはラジカルだったが、私にとっては驚くほどのものでも予期せぬものでもなかった。それは確かにラジカルで、彼等はそれを成したわけだが。DADAは初期のもので、その次に現れたのはジャクソン・ポロック~Jackson Pollockだ。私は、もちろんDADAの影響を受けている。文学からではなく、ペインティングや切り抜きを用いたアートからだ。切り抜きとは、切り取った別々の素材を貼り合わせていくこと(*訳者注:コラージュ)だ。

私はDADAからの影響ももちろん受けているが、その他のいろいろなアートからも影響を受けている。例えば、キュビズムが挙げられる。アーキペンコ~Archipenkoは大好きな彫刻家の一人だ。他の彫刻家についても以前学んだが、名前は覚えていない。(笑)ただし、彼等はすべて興味深かったのだが。

私にとって重要な作家は、誰もが知っているヘミングウエーだ。最初にクールだと思ったうちの一人だ。例えば、彼の物事の成し遂げ方など。しかし、多大な影響といえば、私にとってはヘンリー・ミラーだ。当時、彼の書物は発禁扱いだった。こっそりと入手するしかなかった。最初の本(*訳者注:『北回帰線』)はドイツ語の翻訳本があったが、ペーパーバックを端から端までナイフで切って開けなければならなかった。ハンブルク出身の友達は、彼の本をすべて持っていた。彼は本当にマニアで、私に全ての著書を持って来てくれた。

そのストーリーといえば、彼がどのような生活をし、人生をどのように考え、人生がどのように移り変わっていったか、というものだ。ヘンリー・ミラーはパリにいたが、彼がどんな生活を送っていたか、私はとても、とても興味深かった。また、どの本に入っていたか忘れたが、ある短編で、彼は、友人がキャンベル・トマトスープの絵を描いていたことについて書いている。

そうだ、そうだ、そうだ!

「そうだ!」をたくさん言わなければならないが、それは後に現れるアンディ・ウォーホールと重なる。ポップアートという新しいアートのために、彼も同じくキャンベル・トマトスープを題材にして絵を描いたんだ。私は、この話をいつも微笑ましく思っていた。なにしろ、キャンベル・トマトスープのデザインに友達が取り組んでいたとヘンリー・ミラーが書いたんだ。(笑)それは仮に1918年に書かれたと仮定して、その数十年後の1960年代に、アンディ・ウォーホールがポップアートで頭角を現したわけだ。

すなわち、それらにはつながりがあるわけだ。もちろん、ポップアートは私にとって決して興味深いものではなかった。私にとって興味深かったのは、アクション・ペインティングだ。正式ではないにせよ、誰もが認める偉大なアーティストはジャクソン・ポロック~Jackson Pollockだ。彼は、ドリッピングの手法でアートに自由をもたらした。多分、あなたは彼のことを知らないだろうから、図書館などで調べてみてくれ。ジャクソン・ポロックがどんな人で、どういうことをして、どんな死に方をしたか、などなど。私にとって、彼は近代の最も偉大なアーティストだ。それは今でも変わらない。例えば、ヨゼフ・ボイスでさえ敬意を払うだろう。ヨゼフ・ボイスがいろいろなものを集めて素材にしたやり方はもっとDADAっぽかった

私の考えだが、マテリアルをコラージュする人が必ずしもアーティストというわけではない。

ヨゼフ・ボイスは「すべての人はアーティストであり、何でもできる。」と言った。

それはOKだ。しかし、後で私が実際に目にしたのは、ものを創り出す人とは大きな違いがあるということだ。マテリアルを重ね合わせていくことをアートだと言う人がいるが、それはアートではない。また、アートには間違いなく秘密のエッセンスがあるが、アーティスト自身は秘密でもなんでもなく、単なる個人だ。アートうんぬん言う以前に、ただの人だ。そのようなわけで、私は自分の作品をアートとは呼ばない。私は、それをノイズと呼んでいる。(笑)私は自分をアーティストとは呼ばない。私は、自分をコンポーザーと呼んでいる。

質問7:音楽やアートを作るとき、あなたには明確なコンセプトがありますか?あなたにとってそれは重要ですか?

Con:ああ、コンセプトは60年代、彫刻から転向したときにはすでに出来上がっていた。私の考えは、サウンド作りにおいて何が何でも絶対新しいことをやるということではなかった。これが全体のコンセプトだった。

サウンド作りにおけるアイデアはいくつかあるが、例えば、リズミカルなポップ・ミュージックを徹底的に研究することがある。シンセやシーケンサーの前に座っていると、若者が機材をどのように使っているか、確かめてみたくなるわけだ。私は長年、そのようなことをやっている。

繰り返しになるが、忘れてはならないのは、私は一時期タンジェリン・ドリームのメンバーだったということだ。あのグループはロック・ミュージックだった。ロックに合わせて演奏しなければならなかったわけだ。私はあのグループにはついていけなかった。まるで、ヘビー・・・ 私は今ヘビーメタルと言おうとした。ああ、確かにそうだった。私はあのとき、活気に満ちあふれていたが、他の2人のアイデアに合わせてやり続けることはできなかった。彼等のアイデアは私とは違っていた。私はノイズを発生させる役だった。シュルツのリズムに合わせて、フローゼのギターに合わせて。私が参加したのは、フローゼがグループに私を引き入れたからだ。自分から頼んだわけではない。私たちは、Zodiakクラブのときからの知り合いだった。私がやっていることを彼はよく知っていた。

「グループに、狂ったノイズを出す奴が必要なんだ。普通のポップスやロックじゃないのをやりたいから。」と言われた。

私が言いたいのは、ロックやポップじゃないということだ。ポップ・ミュージックといえば、ドイツにはシュラガ~Schlagerというのがあるが、パララ・・・みたいな感じだ。

「♪ラーララララ、ラーララララ、ラーラ。」

これがポップ・ミュージックだ。そしてロック・ミュージックといえば、例えば、

「♪バゴゥーーン! バゴゥーーン! バゴゥーーン! バゴゥーーン! バゴゥーーン! バゴゥーーン! バゴゥーーン!」

例えばホークウインド~Hawkwindのようなものは好きじゃない。ホークウインドのフロントマンは知り合いだったが、彼は私と同様、Synthi-Aを持っていた。実は、そのうちこのグループは、私にフロントマンになるよう頼みに来るんじゃないか、と密かに思っていた。ハハハハハッ!実際に彼が来ることはなかったが。

以上がコンセプトについての話だ。私のコンセプトは今となっては生活そのものだ。生活が私のコンセプトなんだ。もちろんこのコンセプトを、サウンドから絵、その他すべてにまで広げている。

私は、長年、インターメディア・アーティストのようなやり方をしてきた。ミクストメディアではなく、インターメディアだ。すべてのアートの中間で、という意味だ。例えば料理とか、洗濯とか、ウオーキングとか、ジョギングとか、ケンカとか、それらすべての中間で、ということだ。私は長年、いろいろなものを作ってきた。パワフルで、何もかも同時にこなせた頃の話だ。しかし、今となってはもうできない。

こうしたやり方が、インターメディア・アーティストとしてのコンセプトだった。例えば、写真をまるで音楽のような手法で製作することで、写真は別物になる。やり初めた頃は、私も周りの友達も、それを非常に気に入っていたし、興味深く思っていた。しかし、それをやるにはかなりのパワーが必要になるため、ただのサウンド作りに戻ったりするわけだ。

私は今でもそれを続けている。とはいっても、今の自分に何ができるか、可能性のみを頭に描いているわけだが。私は今となってはビデオカメラを持っていない。しかし、周りから見れば、私が何かをやっているかが、より分かり易くなっただろう。例えば、テーブルを叩いて音を出すとか。以前は、私はビデオカメラを使ってやっていた。しかし今は持っていない。なぜなら、それを使ってやるなら、より用意周到にやらなくてはならないからだ。ビデオを撮って、恐らくそれを編集して、さらにそれに合わせる音楽を作るといった具合だ。老人には負担が大きすぎる。

というわけで、私は音楽だけを作っている。さっき言ったように「何が何でも絶対新しいことをやる」といった特別なアイデアがあったわけではないので、例えて言うならば、まずは石を水の中に投げ込んでみて、どんな具合になったか、どんな円が描かれたか、その様子を見たり、聴いたりしながら作っていく。そのようにしてスタジオで作った最初のサウンドは、これから作るサウンドの冒頭部となる。

またあるいは、ソロ・トラックを作る場合もある。まず、このようなサウンドを作る。多分、1曲で3分程度のものとなるが、それがソロ・トラック1つ分というわけだ。それを60分のCDに入れていく。多分、14~16個くらいの小さなソロ・トラックとなるだろう。サウンド・ムーブメントは1つだけだ。単に、こんな感じのサウンドだ。そして、次に異なるサウンドを作る。これが次のソロ・トラックになる。そして、さらにその次のソロ・トラックは多分こんな感じになる。そんな具合に行ない、合計60分になったところでソロ・トラックのCDは完成する。

そしてテープダウンし、すべて問題ないことを確認したらCD-Rにコピーして、リストに追加する。通常はそれをJinリストで見つけることになるだろう。ただし、もしまだ追加されていなかったら、代わりに電子メールで送ることになるだろう。そこには、リストの他に私が書いたテキストも入っているので、多分、理解を深めるのに役立つだろう。

これが私のやっていることだ。「これはいい」とか「悪い」とか「退屈だ」とか、そういったことは、わたしはあまり深く考えようとは思わない。私は単にそれらに取り組むだけのことだ。「つまらない」とか「興味深い」とかは、最終的に他の人達が決めることだ。私にとってはもうどうでもいい話だ。私はコントロールしない。

私がコントロールするのは、レコーディングにおけるテクニックの方だ。私はテープを作るときに大きな誤りはしない。例えば、サウンドのボリューム・レベルが大きすぎてレッド・ゾーンに入りそうだ、とか。デジタル機器の場合、レッド・ゾーンは本当に危険だ。

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