御岳神社参道を戻りながら九番明智寺を目指す。
強烈に照りつける昼下がりの陽射し。
工場から石の砕いた臭いがする埃ぽっい車道は木陰もない。
雑草が風に揺れる線路際の道を時折やってくる車を避けながら歩いた。
明智禅師が開山したという由緒在る寺は
明治16年に落雷のため本堂を焼失して以来、仮堂のまま百年あまりを
その姿で土地の人々の信仰を集めてきたという。
恵心作の如意輪観音様は右手を頬に当てている思唯像である。
人間の苦悩を除き繁栄と富をもたらす観音様。
如意輪観音が本尊となっているのは秩父札所ではここと三十番法雲寺だけである。
|
九番 明星山 明智寺 臨済宗南禅寺派 【ご本尊】如意輪観世音菩薩 【御詠歌】めぐり来て その名を聞けば 明智寺 心の月は くもらざるらん 【所在地】秩父郡横瀬町大字横瀬598
|
◆埃っぽい煙った道を行く◆
八番を出て、来た道を戻り再び橋を渡りしばらく農道を歩いた。
ここでも田圃に水がはってあり、田の水が小さな流れとなって農道の脇を流れている。
子供の頃、母に連れられて伯父の引っ越し先に遊びに行った時、初めて田んぼを見た。
田んぼの側を小川が流れていて小さな魚がたった一匹泳いでいた。
私はそれをつかまえようと何度も手で掬ったが、つかまえることが出来なかった
悔しかったので母に訴えたら、遊びでお魚をつかまえてどうするのと聞かれた。
あの頃は他愛ない遊びが人生の全てだったような気がする。
なぜだか懐かしい子供の頃の事ばかりが思い出される。
やがて車道に出たが、そこは三菱マテリアルの工場がでんと控えていて
私たちはそれに沿って歩くような形になった。
何か石の砕けるような臭いで、胸に細かな粒子が入ってきそうな感じである。
武甲山の採掘の権利は一山丸ごとこの会社が持っているらしい。
武甲山は植物の宝庫である。だが、いずれそれらも姿を消してしまうのだろう。
私たちは自然の恩恵を受けながら山の崩れる現場を知らない。
武甲山はほぼ石灰岩で出来た山である。
ここで採れる石がセメントに加工され、橋桁になり道路になりビルになる。
我が家の土台にさえもコンクリートは使われているのだ。
山が一つ消える頃には都市はどんな形になっていくのだろう。
何か間違わないような形で文明が発達すれば、それは大きな流れからは人の身勝手かも
しれないけれど自然の成り行きの一つとして許容もされようが、
何かオカシナ事になっている昨今。
山が無駄に成らないようにしっかりとこの成り行きを見なければならない。
ふとそんなことを思いながら歩く道。
考えさせられる道行き。
秩父としては交通量のある車道沿いに明智寺はあった。
◆素朴なお寺だった◆
かつては五番の語歌堂と同じ様式のものだったらしいこのお寺の堂は
長い間仮堂だけあって平成2年の午年ご開帳の新築された物だそうである。
堂の前には、室町時代のものと思われる、小さな青石板碑が三基立っている。
境内には平成7年に建立された子育て観音があり、私は何を思ったのか今でも
わからないのだが、こちらの観音様を先にロウソクと線香を立てお経をあげてしまった。
納経所の人が驚いたような顔をしてこちらを見ていた。
こちらのご本尊である如意輪観音様はもちろんお堂の中にある。
何か、こう・・・この観音様には手を合わせずにはいられなかったのだ。
境内には砂利が敷いてあって特に他に何があるというわけでもない。
しかし、そのいわれをみると興味深い。
寛弘年間(1004~12)一条天皇の皇后が難産の時、主神殿に恵心僧都作の尊像を
安置して祈ると、男子が難なく生まれた。その後、女人難産の苦を救うとのお告げがあって、
尊像は飛び去ってしまう。勅命を受けた橘金藤が探していると、明るい星の導きにより、
当地で見つけることができた。これによって、明星山という山号になった。
また、戦国時代盲目の母親を養う少年が、如意輪観音の前で木の実を探していると
目の前に老僧が立って「堂内にて観音経二句と無垢清浄光、慧日破諸闇を唱えよ」と
教えた。少年が母親を連れて観音堂に籠もり親子して徹夜で読経していると明け方
内陣に明るい星が飛び出て母を照らすと母の目が開いた。これを聞いた領主が
少年の孝心を尊び田畑を与えて山号を明星山と呼ばせることにしたという。
さらに古くからはこちらの観音様を敬うあまり横瀬の地侍が強引に自分の領地に
持ってきたところ、土地では疫病が蔓延して村人が騒いだため地侍は仕方なく元に
戻したという逸話もあるそうだ。
今となってはシンプルにお堂があるだけであるが、土地の人々の信仰を集めてきたのが
わかる。
境内の納経所の脇では、商売気の全くないおじさんが、豆やクルミや胡麻を売っていた。
その隣に、これもまたささやかな店とはいえない規模でおばさんが植木を売っている。
どうも人出は多いがあまり売れていないのではないかと思う。
豆売りのおじさんが人が良さそうに、どこから歩いてきたの?とか私たちに聞く。
じんがおじさんと世間話をしている。
ここの延命水と呼ばれる井戸水が美味しかったので、私は持っていた空のペットボトルに
水を詰めたりその場で飲んだりした。
青い目の外国の人がお参りしていて狭い堂内で鉢合わせになってしまった。
鉢合わせに驚いたのか、私の顔を見て驚いたのかは定かではないが、とにかく
おおと驚いていたので私も驚いた。
そして、その外国の人とはトイレでも再び鉢合わせをして、また驚いてしまった。
●境内のお地蔵様。秩父特産の秩父青石という石で作ってある。
文塚と書いてあるが目が痛くて由来は読めなかった。