常泉寺を後にして山田温泉を横目に四番へ向かう。
この辺り一帯は湯量も豊富な温泉が多く湯上がりらしき人がのんびりと歩いている。
山門の大わらじをくぐるとそこは1300体の石仏に圧倒される
山腹がそのまま境内になった寺であった。
その昔、天明の大飢饉においては秩父地方も多くの死者を出したという。
時の住職がその供養のため1000体の石仏安置を発願し、祈願成就後も
石仏の寄進は続いた。
その石仏の材料の石を功徳石と称して小鹿野の岩殿沢から運んだのは
巡礼の人々だったという。
●四番へ行く途中、路傍の観音様。小さな札の文字はアラキ観音と読めた。
四番 高谷山 曹洞宗 【ご本尊】十一面観世音菩薩 【御詠歌】あらたかに 参りて拝む観世音 二世安楽と誰も祈らん 【所在地】秩父市大字山田1803-2
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◆石仏に迎えられて◆
遅いお昼をとった私は元気一杯、再び足取りも軽く歩き出した。
途中、岐路に立つと地図をどうみてもわかりにくい場所にしばしば遭遇した。
そういう時、じんは入念に地図をひっくり返してみたりして読んでいる。
私といえば、かすかに聞こえてくる鐘や「気配」を頼りにした。
「向こうの山の方から鐘を撞く音が聞こえたね」というとそんなのは聞こえないという。
しかし、私には聞こえた。それに空を見るとお寺のある方の空気が違う感じ。
絶対にこの道だと確信して聞こえる方向の道を歩き出すとお寺はあった。
お寺には途中で何度か一緒になり、追い越した団体さんが既に到着していた。
しかし、道で行き会わないとなるとどこをどう通ったのかな?
このお寺にはお蕎麦等が食べられるお休み処があるのでたいそうな人で賑わっている。
この話を三番で一緒になった人から聞いていたのでお蕎麦を食べようかと
そんな事を話していたのであるが、2個のおにぎりで既に満足してしまい
お店にはいるのはやめにした。
いつもならこの程度では足りなくてメシメシモードになるイヤシイ私だのに
今日は全くなんという日だろう、食に関しては誠に殊勝で聖人君子のようだ。
山腹がそのまま境内となったそここに、苔生した石仏がある。
何かもの哀しい、寂しげな石仏。
この胸に感じるやりきれない寂しさはなんだろう、
あの「コケシ事件(妖精の間/ghost第33話参照)」に似ている・・・と
そんな事を考えているとどこかのガイドさんが観光客に説明しているのが聞こえてきた。
この地方ではその昔、やむなく口減らしや間引きが行われたらしい。
その供養のための石仏もあるという。
そうだったか・・とそれ以上は今日はこの件に関しては考えないし「見ない」ことにした。
考え出したらやりきれない不条理な出来事。
生まれる時代が違うだけでその不条理に飲み込まれた、たくさんの小さな魂。
石仏は優しげで何も語らないが、人々の慟哭の中に置かれているようで
私はたまらなく辛くなってくる。
余裕があったが、とうとう石仏の写真は撮れずじまいだった。
私には、ただの物としてそれらの石仏を被写体にすることは出来ない。
●この画像を撮った後、狙った所より下が写って何故かシャッターが下りなくなった。
従って石仏の写真を撮りたくても撮れない。五番のお寺まで調子が悪かった。
◆納経所は大混雑◆
お寺の境内の賑わいがそっくりそのまま納経所の混乱となっている。
複雑な思いを抱いて納経を済ませ、御朱印を戴けるのをじっと待っていると
「観音様のお姿」があったのでそれを買った。
ところで、ご開帳の今は巡礼をして参拝した人には「散華(さんげ)」という蓮の花びらを
かたどったシールを参拝者1人につき一枚を無料で戴ける。
これがなかなか、、花びらは桃みたいだし真言が書いてあったりして可愛いのだ。
実は正直なところこれが結構嬉しかったりする。
お寺の中を散策した後、しばらくやっているのかないのかわからないような
埃だけの商品を陳列したお土産物を眺めたりして身体を休めた後
賑やかだけれど寂しいお寺を後にした。
私は石仏の背後に彷徨う魂の声を聞かないよう無意識のうちにガードしていたらしい。
身体が少しこわばっていた。陽射しはまだ強く、暑く照りつけている。