心が躍るような巡礼の始まり。実は後でわかったのであるが、ここから二番
まではゆるやかに延々と続く山道を登っていく小さな難所。
冬になると凍結のため通行止めになる場所でもある。
次第に照りつける山の陽射し。気温は30度を超え、アスファルトに照りつける
太陽の下、玉のような汗を流しながら私たちはただひたすら路を行く。
一番からタクシーや自家用車で向かう人の排気ガスが苦しい。
私達にはいきなりの「修行」になってしまった。この日だけで歩いた距離、およそ
18キロ。家に帰って体重計に乗ったら体脂肪が5%近くも減っていた。
二番 大棚山 真福寺 曹洞宗 【ご本尊】聖観世音菩薩 【御詠歌】廻り来て願いをかけし大棚の 誓も深き谷川の水 【所在地】秩父市大字山田3095(光明寺)
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◆山道でへびを供養する◆
ヘビの礫死体があった。山側から道路に這い出してきたところを巡礼の車に
轢かれてしまったらしい。轢かれたばかりの姿が痛々しかった。
二番へ向かう人々が口々に気持ち悪いを連発しながらヘビの死体をよけていく。
私はヘビが哀れになった。お互い、行きにくい世の中に生まれて来たことで
あるな。私は一度、行き過ぎたが、このままではいけないと思い直しヘビの
元に立って合掌し念仏を唱えた。
ヘビの魂が私と一緒に付いてくるならそれもいいだろう、このまま一緒に私と
観音様を回ろうなと話しかけたがヘビの応えはなかった。そして付いてくる
気配もなかった。やはり生まれ育った山に留まりたいのかもしれない。
ヘビの死骸に見送られて私はしばらく念仏を小さな声で唱えながら歩いた。
◆札所で1番長い1日◆
もう既に昼をとっくに過ぎているのに、口にした物と言えば朝の電車の中で
食べたパン一つ半とアイスコーヒーだけである。
現地のどこかで名物の秩父蕎麦かなにかでお昼にしようと目論んでいたので
あるが、はっきり言ってその考えは甘かった。
巡礼の山道に茶店はおろか自動販売機も何もない。従って、何かを買うことは
出来ない。
しかも容赦なく照りつける太陽に全身汗だく。しかし、不思議にも前日に殆ど
寝ていないのに足取りは軽いのだ。私の身体の中で今起こっていることはいわ
ゆるランナーズハイのようなことになっているのだろうなと考えた。
ただただ暑いだけで、疲れも感じない。
陽射しが熱く顔を焼くので私は手ぬぐいで顔を覆いその上から菅笠を被った。
これは涼しく感じた。しかし、私の出で立ちは巡礼というよりも田植えの
娘・オバサンといったほうがぴったりくる感じ。
私はてくてくと歩くハイカーの人々を次々に追い越した。
じんがそんなに早いペースで歩くと疲れるよ〜と後ろから声をかけてくるが
その時の私のペースは早かった。
思えばここに来るまでの一月程、私は健脚の友人と高尾山に登ったり鎌倉の源氏
山を登ったり、また、高幡不動尊の小山を巡り歩くなど山寺社仏閣を歩いたお
かげで、結果としていつの間にか足腰を鍛えていたらしい。上り坂も全く苦に
ならないのだ。これは、自分としてはちょっと感動した。
何しろこの春はついこの間まで、神経痛に悩まされた私は左足が痺れて足を
一歩も踏み出す事が出来ず、家の近くの路上で立ちすくんでしまった事が何度も
ある。そしてそんな日は腰の手術跡のあたりが刃物で切られたように痛み、歯を
食いしばって朝を迎えるのが常であった。
その私がこうして人がふうふう言って登っている山道をさながら韋駄天のように
というと大袈裟であるが一定の歩調を崩すことなく歩けるのだ。
これはもう、仏様の後押しがあってこそ。私は有り難く感謝の念で心が満たされ
ていた。そして、私の誘いに気軽に乗って一緒に寺や神社を歩いてくれた友人に
帰ったら真っ先に御礼を言おうと決めていた。
それにしても、私が肩からかけた巡礼鈴は私の歩調に合わせて鳴るのであるから
まことに風情がない。
イメージとしては「チリーン、チリーン」と鳴るはずが、
「じょろんじょろ」と変な音で鳴る。
後で気が付いたのだが、私の持っているのは他の人のそれと比べてどうも音が
低いようだ。だからよけい妙な音がするらしい。
太陽が照りつけ、木陰に入ると涼しくさえ感じる。人の感じ方、というのは相対
なものである。
それにしても、長い。もうどのくらい歩いただろう。上りや下りのある山道の1キロ
は平地を歩くのとかなり違う。
お腹が空ききっているところで二番のお寺にやっと着いた。
しかし、ここは無人のお寺で、納経した後の御朱印を戴くのはここを管理している
別の寺までさらに少し歩かなければならないのであった。
◆納経◆
お堂は開かれ秘仏の観音様が私を見ている。先に納経をした人はかなりの年輩の
人で装束も似合うベテランのように見える。
が、その人は本堂の上がり口まで土足で上がって靴を脱いであった。
私は靴を脱ぐのはここではない、と思い泥だらけの階段の一番下に靴を脱いで泥を
物ともせず上がって観音様の足下に近づいた。
座ったら汗がどっと噴いてきた。
しばし気を落ち着けて、前の人の読経の終えるのを待ってから大きな臼のようなりんを
鳴らすとそれはいい音がする。嬉しい。
納経して外に出ようとすると、三十人近くの人が入ってこようとするので驚いた。
私が靴を脱いだ場所に皆脱いでいるから最早土足の人はいなくなったのである。
なんか少し良いことをしてしまった気がした。私は単純で実に人間が小さい。
それにしても・・・
なんだか遊びで鐘を突いている人がいるよ。。。