CON-tribute

コンラッド・シュニッツラーのコン・サート

ジェン・ケン・モンゴメリー (1990年)
コンラッド・シュニッツラー (2010年9月22日・追記)
日本語意訳:Jin

コンラッド・シュニッツラーのカセット・コンサート

ジェン・ケン・モンゴメリー
Automediaより1990年に出版された『The Cassette Mythos』(注:"カセット神話"の意味)より

カセット・コンサートとは?

カセット・コンサートとは、電子音楽をリアルタイムに制作し、演奏する手法だ。それはベルリンのコンラッド・シュニッツラーによって形成されたが、今や、世界中の作曲家によって行われている。その中には、ニューヨークのデイビッド・マイヤーズとジェン・ケン、ボストンのデイビッド・プレスコット、オレゴンのマイケル・チョチョラック、イタリアのGiancarlo Toniutti、パリのセルゲ・リロイ、東ベルリンのJorg Thomasiusなどが含まれる。カセット・コンサートを構成するのは、グループ化されたいくつかのカセットだ。それぞれのカセットには、長い曲の各トラックが録音されている。これらのカセットは、世界中のあらゆる場所で、あらゆる時間にあらゆる人々が、ライブ・パフォーマンスを行う際に用いることを想定している。それらグループ化されたカセットが同時に流れて、その場でミックスされたサウンドが、カセット・コンサートの根幹をなすわけだが、その形式には多様性がある。例えば、カセットの本数はそのときどきで変わり、最もシンプルな形式では2本のカセットから、上は、物理的に可能な限り、または必要な数だけ、何本でもOKだ。ほとんどのカセットはステレオで録音されているため、理想的なリスニング環境としては、各カセットごとにアンプが必要で、さらに、その空間の両サイドには、各カセットごとにスピーカーを配置する必要がある。とはいっても、実際のカセット・コンサートには柔軟性があり、数台のポータブル・テープ・プレーヤー(ステレオまたはモノラル)で代用して、アンプを追加せずに行なうことも可能だ。

 コンラッド・シュニッツラーのカセット・コンサートの歴史

ケルンのヘルベルト・アイメルトのスタジオ55を聴くのとは対照的に、フリージャズのファンでもあったコンラッドは、キーボードがないアナログ・シンセサイザーや、アンプにつないだアコースティック楽器を1960年代末に使い始めた。彼は電子音響音楽の先駆者として知られていて、30枚以上のレコードを様々な国の大手レーベルやインディーズレーベルからリリースしているが、それだけでなく、自宅で自主制作を行うムーブメントを独自に始めたことでも、その名が知られている。1971年という早い時期に、コンラッドは自身のレコードを自分でプロデュースしたが、それは100枚のリリースで、そのすべてに手作りのジャケットが付いていた。それに付け加え、彼は音楽を用いたパフォーマンス・アートを、かなり活発に行った。コンラッドは、自分のライブ・パフォーマンス用に、さらに大規模で、もっと複雑なサウンドを創造するための手段を模索していたが、複数の楽器を同時に効率よく演奏するのは現実的ではなく、また、シンセサイザーを自分で多数所有するのは金が掛かり過ぎるため、その代わりに、サウンドの断片やパターン、テクスチャーをカセットに録音し、ライブでシンセサイザーを演奏する際、一緒に流せるようにした。このことによって、Conはさらに複雑なサウンド・オブ・ウォールを創出できるようになり、さらに、カセッテンオーゲル(カセット・オルガン)と呼ばれるシステムの構築へと至った。カセッテンオーゲルは2つの大きな黒いキャビネットで出来ていて、それぞれのキャビネットの中には6台のステレオ・テープ・デッキが収納されているが、それらはすべて内部でステレオ出力に配線されている。パフォーマンスの際、Conは、グループ化されたカセットが整然と並べられたスーツケースから直感的にカセットを選び、制作したいサウンドと空間を構築した。

ライブ・パフォーマンスを念頭に置いてカセットテープを用いた最初のアーティストはConではないにせよ、彼は、カセット・コンサートの手法を用いることによって、音楽による自然発生的な相互作用がライブ・パフォーマンスにおいて高まることとなり、またそれは、彼の作品の中で益々重要なファクターとなった。その様なやり方でテープを用いて録音やパフォーマンスを行なうことにより、ベルリンのCafe Einstein、ニューヨークのThe Kitchen、パリのLe Musee D'Art Moderne de la Ville、リンツのARS Electronicaなどで行われた多くのパフォーマンスは、重要度を増すこととなった。これらの多くのパフォーマンスでは、コンラッドは自分の体にウォークマンのベルトを付け、頭に被った金属のヘルメットに仕込んだメガフォンにすべてを配線した。この柔軟なアイデアによって、Conは世界中のどんな場所でもパフォーマンスを行うことができた。体からサウンドを発しながら、歩いて移動していくか、または、屋内で行う場合は設置されたカセッテンオーゲルを使用したわけだ。このような方法により、コンラッドはとてつもなく多様性に富んだセッティングでカセット・コンサートを行った。それは、一時間で終わるものから、何時間にも渡って行われるものもあった。(ベルリンのBlockギャラリーで行われたカセット・コンサートは、50時間続けられた。)この、音響空間における音楽作品の模索は、彫刻と音楽を組み合わせる彼の初期のアイデアと強い結びつきがある。(コンラッドはデュッセルドルフでヨゼフ・ボイスの下で彫刻を学んでいた。)カセット4本を1組とするカセット・コンサートは、コンラッドのほぼ標準的なやり方となった。とはいえ、例外は沢山あり、その中には、英国のDavid ElliotのレーベルであるY.H.R. Tapesから500部リリースされた、"Conrad & Sequenza"という2本のカセットによるコンサートや、ベルリンのGelbe Musicより販売された、"KOMPOSITION FÜR SECHS CASSETTEN"という、リリース数10部の、6本のカセットによるコンサートがあり、また最近では、制作中で未完成の、"The Thousander Program"という、1000本のカセットによるカセット・コンサートがある。

ライブ・パフォーマンスにより創出される曲が、新しいアイデアと共に発展していくにつれ、一連のカセット・コンサートは次第に実用性を増していった。また同時に、技術面での後押しにより、アーティストはデジタル・シンセサイザーを用いるチャンスを得たが、それは、簡単にプログラミングができるといった特徴を持ち、さらに、コンピュータ制御のためのインターフェースとして利用できる可能性も持ち備えていた。電子音楽をライブで実感することについて、当時、世間ではいくつかはっきりとした考え方があったが、幾分、狭い範囲での考察だった。学問肌の作曲家がいたが、彼等の複雑で数学的な、そしてコンピュータを利用した楽曲は、不運にも、しばしば、テープをただ単に再生するか、または、プログラミングのデータを再生して聴くだけだった。また、ジョン・ケージやラ・モンテ・ヤングのような実験的な作曲家もいたが、彼等の楽曲は、聡明で興味をそそられるような、コンセプトのあるアイデアに基づく反面、譜面にできるようなものではなく、しばしば音楽としてのアイデンティティを見い出すことができなかった。さらに、ビジネスに根ざしたエレクトロニック・ポップのバンドや作曲家もいたが、彼等のやり方はかなりオーソドックスだった。彼等の曲の骨子はプログラミングで、バッキング・トラックをもっと単純な楽器で彩ることもあった。不運にも、これらの手法は、リスナーの直感に訴え掛けることはなく、また、サプライズを生むこともあまりなかった。しかし、その一方で、繰り返しによる構成は曲っぽさがあるので、音楽らしさはあったといえる。こうした制約によって、数多くの作曲家や演奏者は、異なるジャンルのカテゴリーに分けられた。しかし、カセット・コンサートのおかげで、コンラッドは、構築された曲やフリーミュージック、そしてコンセプトのある音楽の中からベストな要素を組み合わせることによって、曲としてきちんと成り立ち、独自性があり、アイデンティティがあり、作曲を行なうと同時にライブで電子音楽を演奏できるような手法へと落とし込むことができた。すなわちそれが、カセット・コンサートだ。

ライブの電子音楽

あるとき、好みについての疑問がわき起こった。それは、テープに録音された電子音楽を流すのと、ライブで「リアルタイム」な電子音楽をやるのと、どちらがいいかという疑問だ。しかし、洗練されたデジタル・プログラミングの発達により、それらは単なる定義付けの違いだけのこととなり、大した問題ではなくなってしまったのだ。コンラッドのカセット・コンサートは、ライブの電子音楽に新しい生命を吹き込もうとする中で円熟度を増していったが、それにはこうした発達が伴っていた。またそれと同時に、この音楽を将来の世代に残せるような、従来のやり方に取って代わる、新たな譜面の形式を作り始めたが、それは、現代音楽が従来行ってきた録音方法には期待できなかったようなダイナミックな手法によるものだ。音楽のパフォーマンスや聴衆からのリアクションに可能性が加わっただけでなく、曲を構成している譜面において、各々のカセットは、音楽の個々の旋律として捉えることができた。結局のところ、伝統的な譜面形式もまた、作曲家により考案された手法の一つであり、各時代の技術を活用して、情報や指図を記録するものであった。それによって、指揮者や編曲者、そして次の世代のために音楽を残そうとする人達が、曲を実際に演奏したり解釈できるようにするのである。カセット・コンサートの場合は、このような方法によって持ち前のダイナミックな作品を残すことができるわけだが、またそれと同様に、作曲家以外の参加者にも、オリジナルの曲に対する主題の解釈やテイスト、創造性を差し挟む機会を与えることとなる。その音楽はまさにライブそのもので、どんな静的な録音物や作品とも掛け離れており、それこそがカセット・コンサートの真髄といえる。

コンラッドのカセット・コンサートのいくつかは、ミックスされ、レコードやカセットやCDに録音されているが、しかし、他の多くの電子音楽の録音物とは異なり、録音された音源は、決してそこで終わりではない。個々の音源は、単に、あるときミックスされた資料であって、特定の日時や場所でミックスされたものに過ぎない。異なるコンダクターにより指揮された他のどんな録音とも、完璧に異なるのである。その違いは、音量の増減とミックス、イコライザーによる調整、それに加えて、恐らく技術的に次第に新しくなっていく、オリジナル・サウンドから変換されるオーディオ信号、そして、スピーカーの配置によるものだ。スピーカーは、左右両方を固定した位置に配置したり、サウンドを空間に拡散させるために動きを与えたりする。

また、そのときどきによって、各カセットをスタートさせるタイミングが異なる可能性があるが、それだけでも、サウンド同士の相互作用によって、かなりのバリエーションを生み出すことができる。ときどき、各々の4台のカセットプレーヤーを正確に同じタイミングでスタートさせるのが困難な場合があるため、このようなバリエーションは、必然的にカセット・コンサートの作曲手法に備わっているといえる。実際、個々のカセットをスタートさせる間隔を30秒から2分に変更すると、そのバリエーションは、間隔を長くした分だけ劇的に変わる。また、コンダクターには作品に新たな生命を吹き込むチャンスが与えられるが、それは、まだリリースされていないカセット・コンサートを行ったり、コンダクター自身による曲や即興を用いて伴奏を増やしたりして、より大きなサプライズをもたらすことが可能だということだ。相互作用を与えるものは、何でも歓迎だ。なぜなら、聴衆は、音楽にとって重要なクリエイティブな要素となり得るからだ。「すべての人はアーティスト」なので、皆がコンダクターとなり、音楽に相互作用をもたらす新しいアイデアを考えるのは自由だ。最も凄い部分は、一見、フリー・スタイルで構築されたように見えるが、カセット・コンサートは(ある一定レベルの音楽の感性をもってすると、)非常にまとまりのある、首尾一貫した音楽のアイデンティティを持っていることだ。

コンラッドは、構築され自由に漂う音楽を、効果的に作曲する優れた方法を見つけた。(それは、カセット・コンサートへの理解がない人には、恐らく否定的に聞こえることだろう。)カセット・コンサートは、静的な録音を、進化していくインタラクティブなインターメディアのイベントへと変形させるが、そこでは、創造性が場の中央を通り抜けることで聴衆を刺激し、彼等が持つ先天的な創造性を呼び起こす。その狙いは、パフォーマンスを行なう側のいわゆる「能動的な」状態と、聴衆側の「受動的な」状態との間にある、自らに課した壁を次第に取り崩すことだ。あらゆる創造性の形式は、表現され、共有され、そして促されるものだ。誰か、カセット・コンサートのコンダクターをやりたい人は?

Conのカセット・コンサートの最初に公認されたコンダクターとして、私は1986年以降、ヨーロッパや米国で数え切れないほどの回数、カセット・コンサートのコンダクターを行う機会があった。私はこの音楽をアートギャラリー、ロック・クラブ、教会、ラジオ局、ショッピングモール、そして車内、ナイヤガラの滝、また友人達の非公式な集まりによって世界中のキッチンで経験してきた。いずれのコンサートも、その空間、サウンドの設備、人々のインタラクティブさ、そしてもちろん私自身のその日の気分によって、それぞれ、他のときとはまったく異なる特有のコンサートだ。私にとって確かなのは、この音楽には、創造力に対する持ち前の器量と同じくらい、その人の生き方が強く関わってくるということだ。多くの人々は、コンサートの後、興奮し、インスピレーションを受けた、といった反応でもって私に近づいてくる。カセット・コンサートのコンダクターを行なってきた自分の経験や精通度を生かして、私はThe Dramatic Electronic Musicという名のコンサート・ホールでパフォーマンスのコンダクターを行った。とはいえ、次第に他の人達も参加するよう招かれている。 また、Generations UnlimitedレーベルからGencon Productionsのカセット・コンサートがリリースされているが、世界中でカセット・コンサートが実施されていることへの認知度が、高まるよう私達は望んでいる。人々は、これらのカセット・コンサートへの可能性を自力で模索するよう促されるだろう。なぜなら、アートにはもはや秘密などないので。

2010年・追記

コンラッド・シュニッツラー
(2010年9月22日)

今は少し状況が変わった。それは、だれでもカセット・コン・サートを行うことができる、といった風にだ。
これはもはや、私の周りにいる人だけの特権ではない。
私はすべての友人にソロ・トラックを売っている。そして、もし彼等が費用を払えば、ミックスを制作し、彼等がやりたいコン・サートを行うことができる。もしそうした人達が公式に私の名前を入れてコン・サートを行うならば、彼等はGEMA(いくつかの国ではかなり厳しい)を支払わなければならず、私は、それに関する説明や写真が入った書類を入手しなければならない。そしてもし彼等が望む場合は、私にビデオ、またはテープやCD-Rのような音楽的な資料を送付することができる。
公式のコン・サートとは、Conサウンド以外のサウンドが一切コン・サートに入っていないものを指すが、広告用に作成されたものは例外として除く。
(これは、音楽家やオーケストラがモーツァルトやジョン・ケージなどを演奏する場合と同じだ。) 

もし単に、個人的な楽しみだけのために行うのであれば、やりたいようにやることができる。
フリーアートということだ..................(:)))))

原文(英語):Conrad Schnitzler's Con-Cert

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