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2006/03/26: プロフィール

●ハンドル名: Jin

●(自己紹介も兼ねて)ブログ公開に至るまでの道のり

83年 ジャーマン・ロックに出会う。(当時は、「ジャーマン・プログレッシブ」とか「クラウト・ロック」などという言葉は日本では普及していなかったように思う。)バンド仲間の友達にCanの『Ege Bamyasi』を聴かせてもらったのがきっかけ。Canを手始めに、Neu!、La Düsseldorf、Faust、初期Kraftwerk、Popol Vuh、Ash Ra Tempel、Amon Düül、Guru Guru等を聴いたが、その中でも特に、Kluster、Clusterが肌に合うと感じる。それ以降、今日に至るまで彼等の音楽に惹かれ続けている。Conrad Schnitzlerの作品はこの頃からすでに入手困難とされていたが、かろうじてLP『Con』、『Con3』、『Conal』、『Control』を持っていた。すべて中古だったが、この頃はまだ普通の値段だった。(CDなど、なかった時代である。)

80年代末 大学で雅楽の講義を受け、感銘を受ける。雅楽に対する見識が深まり、後に和風テクノ(Wahoo Techno)の自作曲を作り出すきっかけとなる。

91年4月~92年9月 自作の音楽がNHK BSで使用される。その後も某番組のテーマ曲を頼まれたが、制約を受けるのに耐えられず、嫌々作って結局ボツになる。「音楽を作ることで生活費を稼ぐのには向いていない」と、強く思った。このときの経験が、今日Conさんを慕う大きな理由の1つになっている。

96年4月1日 インターネット(多分)初のジャーマンロック・ファン・サイト「Cluster非公式情報サービス」"Cluster Unofficial Information Service"を始める。(この名称は、当時存在したClusterの公式サイト"Cluster official Information Service"から取った。)この頃はまだ、Clusterはおろか、CanやNeu!を知っている人を見つけるのは、四つ葉のクローバを見つけるよりも難しかった。しかも、インターネット自体ができて間もない頃だったこともあり、アクセス数はあまりなかった。むしろ併設した英語ページの方が、日本語ページよりも内容が少ないにも関わらず反響があった。

99年 本業が2000年問題への対応等で忙しくなり、ページを管理しきれないのでサイトを閉じた。

2000年 多忙により身体を壊し、救急車で運ばれるハメに。音楽からもしばらくの間、遠ざかることに。

2001年9月 仕事でUSに着いた翌朝にNYテロが発生し、帰国が4日遅れる。そのせいで渡米前から引いていた風邪をこじらし、以後8ヶ月間、治療に専念することになる。

2002年5月 ようやく治療を終える。その後も本業の忙しさとパワー不足で低迷が続く。整体と温泉が生き甲斐になる。

2003年~2004年 丸顔のシャムネコ(Old Style Siamese)にハマル。音楽からはもう完全に離れている。

2004年 友人とたまたま行ったCDショップで、ConさんのCD『Blau』を見かける。このときは手に取って見ただけで買わなかったが、ConさんやClusterの近況が再び気になり出すきっかけとなる。Blauを買わなかったことを後悔し出す。(あとで店に行ったら、もうなかった。)

2004年10月 Conさんのビデオが2本リリースされたのを知る。80年代から動くConさんが見たくて見たくてしかたなかったので、これをきっかけにして、一気に興味が戻る。もちろん、2本ともすぐに購入。

2004年 CD『Blau』を中古屋でゲット。初めて聴いた。このときの感動と興奮は忘れられない。その後、何度Blauを聴いたことか。目から鱗が落ちたので、それ以降、空白の5年間を取り戻すべく、Con作品を買い足す。幸い、家内もCD等の購入に快く賛成してくれる。

2004年 ネットを見るにつれ、Conさんの情報がほとんどないことに気がつく。誤った情報も目に付く。Conさん自身、自分を有名にすることに関心がないため、本人からのメッセージが極端に少ないことが原因と分かる。私を活性化させてくれたConさんに恩返しするため、本人の活動の邪魔にならない範囲で、自分自身がメディアになってブログを始めることを思いつく。

2004年12月末 ブログの準備を始める。ブログで使用する色はClusterの『Curiosum』のジャケットの色で統一。もちろん、Conさんのカラー・シリーズの意味合いも含んでいる。

2005年5月14日 ブログが稼働する。ただし、この時点では、まだビデオのレビュー程度しかアップしていない状態。

2005年5月末 イタリアから取り寄せたConさんの本『Con Sequence』が無事届き、勉強を開始する。今まで知る術もなかったConさんの数々の活動を知り、ますます興味が深まる。

2005年10月 Conさんに初めてのメールを送る。

2005年10月 メカノでCon作品が大量に並んでいるのを目の当たりにし、感動のあまり言葉も出なかった。

2006年3月19日 Conさんの相次ぐリリースでブログの内容が増えて来たため、本人に承諾を得るためメールをする。その日のうちに返事が来た。もの凄く喜んでもらえたようで、こちらも胸がいっぱいになる。ブログ用にと、わざわざ写真まで送ってくれたので、近いうちに説明付きでアップしたい。また、CD-Rのリストに記載される作品ジャンルの解説とは別に、自分自身の音楽についての考察が長々と書かれていて、私が独り占めするのはもったいない内容なので、許可を得た上で翻訳して掲載しようと思っている。

2006年3月26日 事実上、Conさんの芸術活動を支援するためのブログであるため、内容に合わせてタイトルを"CON-tribute"に変更。「このブログの目的」の記述も併せてアップデートする。

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