◆SPRING〜はる〜◆
No.1 白い家
コロニアル造りのあおい瓦屋根の
その白い家は
かつてはこの土地には珍しい庭の白樺が
初夏の萌えたつ若葉を映して
日常という名の ささやかではあるけれど
しかし美しい物語を確実に綴っていた。
一筋の狂いも 無駄もなく
それはまるで永遠に完成を惜しむかのように。
流れ行く月日は敵ではなく
むしろ
いたわりに満ちた優しい訪問者として
幾度となくみまわれた嵐をも
巧みに避けながら
朝には朝の
夕べには夕べの
調べを奏で
物語に優しい旋律を添えていた。
やがて・・・・
土地に馴染まない白樺の
一本が葉を落とし
新しい春を迎えても
緑の若芽とは二度と出会えなかった
さらに幾度かの春を過ごし
白樺の枯れ木に
アカゲラが舞い下りて
力を無くした幹に穴をあけ
小さな生き物のかけがえのない住み処となると
蟻の行列が痩せて枯れた枝を伝って
白い家のベランダのそここを
我が物顔で歩き回った。
お互いを甘やかし
こころを震わせた仕草や
日常の戯れの言葉には
皮肉が交じり
かつてゆっくりと育んできた道を
まるでそれが
はじめから決められていたかのように
ゆっくりと壊れていったのだ。
コロニアル造りのあおい瓦屋根の
白い家の
壁には染みが目立ち
土鳩が巣をかけ
蜘蛛が這い回った。
その屋根の鮮やかなあおも
いまは すっかり色褪せている
行き過ぎた月日の中で
太陽に照り付けられ
風雨に洗われて。
幾度となく
その白い家の 悲鳴が
聞こえてきただろう・・・。
私は耳を塞ぎ
目を閉じて
聞こえない振りをし
見えない言い訳を呪文のように繰り返し
じっと 悲鳴のやむのを待った。
かろうじて 生き残った
たった一本の
白樺の葉影は寂しく
庭の芝は土気色を見せて
命を吹き返すこともなくなった。
私は しかし
そこにもう一度戻るわけはいかない。
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Copyright(C), 1998, 1999
Yuki.
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